スーツフィクション 4/5
「ええ、とりあえずタキシードを作っておいて下さい。
帰国は2週間ほど先です。ジャケットも欲しいけど、
帰って生地を見てからにします。
先輩ね、一流ブランドのパーティに呼ばれるとやっぱり
タキシードは必要だと感じたんですよ。
日本の男としてはイタリア男に負けたくない。僕には
先輩がついているから助かります。その服、どこのかって
よく聞かれますからね。
ジャッポーネと答えるのがとても快感です」
いつもうまく着てくれるのは服屋にとって嬉しい限りだ。
しかも彼の着こなしには雑味がなく、やさしい色合わせが
とてもうまい。求めているのはフォルムの完成度であり、
服単体に頼ることなく服装をイメージできる。
個性と自己流は異次元であり、ファッションは「たで喰う虫も好き好き」
を許すからこそ、僕らのプライオリティが成り立つなんて粋がったり
したものだ。
よく二人で行くバーで、コピー商品をどう思うかと田原が尋ねてきたことがある。
その頃にはたぶん今の仕事のオファーがあったのだろう。
偽物の製造と販売は犯罪であることは誰でも知っている。
彼と話すときには、似非正義感など放っておいて本音の話になるのが楽しい。
その時の話を思い出す。
まず、人の心根。車で、上級車種や大きい排気量のエンブレムに付け替える
バッジチューンをする人がいる。自ら自分の車を偽物にしてしまっているわけである。
車の場合、出自は一緒だから完全な偽物ではないが、コピー商品を買う人の心根に
近いものがある。高い物は買えないけれども欲しい。そして所有している振りをしたい。
そこら辺の心境だ。買う側の心理を分析しても悲しくなるし、正義感を振りかざしても
つまらないと田原が言った。
じゃあ、別の観点から話してみようと私が切り出した。
<続く>
月刊 はかた 4月号 スーツのはなし 笹川正章より