2012/04/30

スーツのはなし  最終回

スーツフィクション 5/5


コピー商品が悪いのはわかっている。別の観点から意見を交わそうと思った。

本物には問題はないのかということだ。

アジアを旅すれば必ずといっていいほどコピー商品が売られているのを目にする。

SAクラスのコピー商品は本当によくできていて、素人には見分けがつかない。

箱やリボンなどの包材も完璧だ。その技術を正しい方向に向けられないものかと思う。

しかし、そのコピーが1万円で売られている。本物はというと、数十万円だ。

どう考えてもコピーの方が生産ロットも少なく、効率的に作られているとは思えない。

だが、1万円で売っても利益が出るのだ。 となれば、10万円で売る本物はどれだけ

儲かっているのだろうか。

こんな話もした。ブランド品の工場で働く職人が退社した。

昔の仕事仲間に原材料を横流ししてもらい、同じものを製作した。これって、本物、偽物?

無論、商標管理がなされていない場所で作られたから偽物なのだが、本物よりよくできて

いたりする。

田原の仕事は、ブランド各社の要請でコピー商品の出どころとその流通を調べることだ。

つまりコピー商品の市場調査を報告書としてまとめる。そこから先は公的捜査機関に

バトンを委ねることになる。身辺が気がかりだが、杞憂であることを願っている。

田原はスーツを有意義に着るひとりの男として、こう語る。自分のようなフリーランスの

人間は、ジーンズとTシャツでも仕事はできる。しかし、スーツという服は世界中のどの街でも

違和感を覚えることがない。必要なら仕事の為に街に埋もれることもできるし、ここぞという

時に自分を引き立てることもできる。選択さえ間違えなければ、1着の同じスーツでそれが

可能だ。寡黙さと冗舌さを兼ね備えたその不思議さに心惹かれる。

着こなし方を見れば、その人がわかる気がするのも興味深いことであると。



<完>




月刊 はかた 5月号  スーツのはなし   笹川正章より