2011/11/10

スーツのはなし VOL・131

「職人ことば」


今どきはスーツ屋と言っても店頭の小売りスタッフをイメージすることが多くなった。

高級なスーツは職人が作るオーダーメイドであり、安価な既製服を「吊るし」と称して

区別していたのは遠い昔の話だ。職人、技術者がスーツを作るときに用いる隠語と

いうか職人用語にはキレの良さをも感じるのだが、どこかしら物騒で品が無いと言

われても仕方のない響きがある。余計なシワを取り、立体化する「クセ取り」や、アイ

ロンワークで生地を変形させる「殺し」などが代表である。

次に少々際どくなるが、年を重ねた殿方は聞いたことがあるかもしれない。金ぐせ

(かねぐせではない)と言う言葉があるが、あまり使われなくなったようだ。既製のズ

ボンだけでなく、オーダーでもあまり用いなくなった。今のズボンの前身は左右対称

に作られていて、金ぐせがつけられていないのだ。

上衣と同じく男合わせ(男前)の場合、フロントファスナー部分は左上前、つまり左側

が前(上)になる。利き腕に関わらず右手で出し入れがしやすい左側にモノを収納す

ることが多くなる。するとズボンの左足側は右側に比べて納めるべき体積が増す。

相対的には右側が若干ユルく感じる結果となる。そこでファスナーの下あたりを1cm

程度カットして右側を小さくする。これが金ぐせである。それをやらないと極左派?の

人のズボンは、右側の余りが後中心(ヒップ)の右にタルミとなって現れる。右のピス

ポケット(尻ポケット)にハンカチを入れる人が多い気がする。無意識な習慣なのだろ

うが、理にかなっていることになる。右派、左派、中間派と色々あるが、昔の職人は

それとなく見極めていたのだろう。フィット感の強い下着の出現も手伝って、中間派

が多くなり、金ぐせも不要になってきたのである。



月刊はかた12月号  「スーツのはなし」  笹川正章 より