お盆も明けたとはいえ、残暑厳しい折にご来店いただいたお客様。
秋のスーツとジャケットの生地をご提案するのだが、どれをお見せ
しても地味だとおっしゃる。横でご覧いただいていた奥様がとても
ナイスな一言。
「あなたの眼はまだ夏の眼なのよ。冬の眼に切り換えないとせっかくの生地の
良さがわからないんじゃないの」
夏の強烈な日差しの下では、純白のシャツをはじめ、シンプルで直
射日光と相性の良いものの方が着映えする。さらに現代ファッション、
とりわけ夏の潮流が、スポーティヴルックだからであろうか、大胆な純
色(原色)の配色が映える。一昔前なら低俗な色合わせの見本のよう
に挙げられていて、TVのテストパターンみたいと皮肉られたりしたもの
だ。一方、ナチュラル系ファッションが好きな人なら、光りに晒された感
のある風合いの生成りなどを好む。とりわけレディースでは相変わらず
伸びる・光る系の素材が多用されているようであるが。
陽の光りから鋭さが消え、柔らかさを感じる頃、人の眼も冬の眼へと
衣替えを始める。色だけでなくサーフェスインタレスト、ウォームな素材
感が恋しくなり、暑苦しくさえ感じていたダークな色が格好良く見えてくる。
色合わせも、思いもよらなかった濃色同士のコーディネイトに心惹かれる。
夏にあれほど格好いいと思っていた自慢の一着が、秋風が吹き始める頃
には野暮に感じてくる。冬から春を迎えるときも同じで、高級素材のタッチ
すら重たく感じる。しかし、そこには衣服を身にまとう楽しみがある。
色合わせや色彩の調和は、各誌でハウツーが繰り返される。同じものを
着るわけではないから、説明の手段にすぎない。その生地や文章の中で
のみ有効な記述概念である。自ら考え楽しみたい。
月刊はかた 「スーツのはなし」 VOL・130 笹川 正章 より