2012/02/01

スーツのはなし VOL・134

スーツフィクション 2/5



タキシードを作ってくれという自分の用件を言い終えると、一方的に電話を切った。

田原にしては珍しいことだが、よほど眠かったのだろう。時差を考えるとイタリアは

日付が変わる頃だった。

田原はフリーランスの探偵みたいな仕事をしている。クライアントからの要請を受けて

動くのだが、私の知る限りでは、五ヶ国語を操ることもあり、このところ海外づいている

ようだった。もともと服が好きでセンスがいい男だ。体型のバランスにも恵まれている。

渡航歴が増えるたびに着こなしのうまさに拍車がかかっていた。二人でイギリスとイタリア

を旅したことがある。彼のおかげで言葉には困らなかった。スーツのオリジンの地を

辿るような楽しい旅だった。また行こうと話しつつも数年が経っていた。




遅めのランチに何を食べようかと考え始めた頃、携帯が鳴る。


「田原です。おはようございます。昨晩は失礼しました」


「ボンジョールノ。こっちは、もうお昼過ぎだけど。よく眠れたかい。

ヴェネツィアだって、どうしたんだい突然に」


「ここんとこ、高級ブランドのコピー商品を調査していたんです。

アジアばかりだと思っていたら、ヨーロッパにもアフリカからの偽ブランド品が

大量に入ってきているんですよ。高級ブランドっていうとイタリアかフランスが

本拠地でしょ。お膝元でそんなもん売られたら、そりゃ、いい気はしませんよね。

今回は秘密裏に動く必要があって、先輩に連絡しなかったんです」


堰を切ったように田原は話を続けた。


「きのうは昼、夜とパーティーの連発でした。ほら、先輩に勧められてミディアムグレイと

チャコールグレイのスーツを色違いで作ったでしょ。昼と夜のパーティーでそれぞれを

使い分けたら、イタリアのセレブリティたちにすごく誉められたんですよ」



< 続く >




月刊 はかた 2月号   スーツのはなし   笹川正章 より